第6章 皇室典範と大日本帝國憲法(1)皇室典範講義(1)皇室典範の基本理念

本シリーズでは、皇室典範(明治皇室典範)について、その具体的な内容を中心に解説していきます。


なお、「皇室典範」とあるのは、全て明治皇室典範を指します。現状、“皇室典範”と呼称されている法律については「占領典範」と呼ぶのが歴史的にも、法律学的にも正しいですので、以上お断りしておきます。


初回の今回は、皇室典範の起草の過程と、皇室典範の基本的な理念をお話しします。


皇室典範の発布は明治22年(1889年)、大日本帝國憲法の発布と同じ年でした。起草者は井上毅、伊藤博文、そして柳原前光(公家、大正天皇のご母堂であらせられる柳原愛子の兄)の三名。


井上毅は皇室典範の解説書である『皇室典範義解』(著者は伊藤博文とされているが、事実上は井上毅の筆によるものとされている)の冒頭で、以下のように述べています。


・・・爾して皇室典範の成るは実に祖宗の遺意を明徴にして子孫の為に永遠の銘典を残す所以なり。


皇室典範は皇室自ら其の家法を条定するものなり。・・・蓋し皇室の家法は祖宗に承け、、子孫に伝ふ。既に君主の任意に創作するところに非ず。・・・(太字部分『憲法義解』伊藤博文(岩波文庫)p.127)


井上毅は、ここで、皇室典範の基本的な理念について、とても大切なことを二つ、述べているのです。


まず、「祖宗の遺意」について。


祖宗とは、皇室のご先祖であらせられます神々と歴代天皇を意味します。祖宗の遺意とは、御告文にもある「皇祖皇宗の遺訓」と同義であり、父祖から相続した道徳や慣習などを指します。


そして、皇室典範は皇室の家法ですから、皇室典範には特に、皇室ご自身に関する規範が定められている、ということになります。


「皇室典範の成るは祖宗の遺意を明徴にして」とは、皇室典範とは皇室のご先祖から受け継いできた道徳や慣習などの決まりごとを文章化したものだ、という意味のことを、井上毅は冒頭ではっきりと述べているのです。これこそ、いわゆる「法の支配(Rule of Law)」です。


そして、「既に君主の任意に創作するところに非ず」について。


皇室典範がこのようなものである以上、これは、各時代の天皇陛下がそれぞれ、ご自身でお決めになった決まりごとではない、ということになるのです。甚だ不敬な物言いになるかもしれないことを恐懼しつつ敢えて表現させて頂くならば、各時代の天皇陛下が、ご自身の「理性」でもってお決めになったものではない、ということなのです。


従って、歴代天皇陛下は(これまでは不文であった皇室の家法を成文化した)皇室典範を遵守されるのであって、万が一、改正される場合であっても(第62条)不文の皇室の家法に反しない範囲での改正でなければならない、ということになるのです。


このように、皇室典範とは、皇室の家法であって皇室のご先祖から受け継いできた規範を成文化したものであり、従って大日本帝國憲法と同格もしくはそれ以上に位置するものであり、我々臣民がその改正に容喙するが如きことは不敬であり、あってはならないのです。